浦和地方裁判所 平成元年(ワ)602号 判決 1993年4月23日
原告
佐藤博幸
(以下「原告博幸」という。)
同
佐藤和夫
(以下「原告和夫」という。)
同
佐藤ムツ
(以下「原告ムツ」という。)
右三名訴訟代理人弁護士
山田裕祥
同
望月浩一郎
同
岡村親宜
同
内藤功
同
上柳敏郎
被告
行田市
(以下「行田市」という。)
右代表者市長
山口治郎
右訴訟代理人弁護士
柳澤巳郎
右訴訟復代理人弁護士
尾高忠雄
被告
埼玉県
(以下「埼玉県」という。)
右代表者知事
土屋義彦
右訴訟代理人弁護士
鍛冶勉
右訴訟復代理人弁護士
梅園秀之
主文
一 行田市及び埼玉県は、各自、原告博幸に対し金一億〇三七九万三九二二円、同和夫及び同ムツに対し各金二六四万円並びにこれらに対する昭和六〇年一二月二一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告博幸、同和夫及び同ムツのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その七を行田市及び埼玉県の負担とし、その余を原告博幸、同和夫及び同ムツの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
五 但し、埼玉県が金五〇〇〇万円の担保を提供したときは、埼玉県について右仮執行を免れることができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 行田市及び埼玉県は、各自、原告博幸に対し金二億円、同和夫及び同ムツに対し各金四五〇万円並びにこれらに対する昭和六〇年一二月二一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 1項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(行田市)
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(埼玉県)
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 当事者等
(一) 原告博幸は昭和四三年四月一七日に生まれ、後述の本件事故当時(昭和六〇年一二月二〇日)埼玉県立熊谷高等学校(以下「熊谷高校」という。)二年に在籍していた。
原告和夫は原告博幸の父親、原告ムツは原告博幸の母親である。
(二) 行田市は、行田市民体育館内室内プール(以下「本件プール」という。)を設置し、これを管理している。
(三) 埼玉県は、熊谷高校の設置者である。
船田昭介(以下「船田教諭」という。)は、本件事故当時熊谷高校において勤務していた体育を担当する教諭であり、水泳部の顧問であった。
2 本件事故の発生
原告博幸は、昭和六〇年一二月二〇日、熊谷高校水泳部のクラブ活動として本件プールにおいて、船田教諭の立会のもと、逆飛び込みによるスタートダッシュを練習(以下「スタートダッシュの練習」という。)した際、プールの底に頭部を打ち、第五頸椎脱臼、第六頸椎々体骨折による頸髄損傷の傷害を負った(以下この事故を「本件事故」という。)。
3 本件事故発生の経緯
(一) 本件事故当時の本件プールは、別紙図面(一)のとおり、スタート台付近が一番水深が浅く約一メートル、中央部の水深が一番深く約1.2メートルで五コースある二五メートルプールである。本件プールのスタート台は、水面上約四四ないし四五センチメートルの高さがあり、プールの外側に向かってステップがあった。
(二) スタートダッシュの練習とは数組に分かれてスタートし、それぞれ専門の泳法で二五メートルをスピードを出して泳ぐ(ダッシュ)ことである。船田教諭は、本件事故の際、本件プールのスタート台から約五メートル離れた位置でスタートの合図をし、スタートする者を監視していたが、スタートダッシュの練習を始めるに当たっては、「頑張っていこう。」と声をかけただけで、改めて注意、指導はしなかった。
(三) 原告博幸が通常行っている逆飛び込みは、グラブスタートであり、スタート台を蹴った後は両手で耳を挾むようにし、両手の親指どうしをつけるようにしていた。同人の本件事故時の逆飛び込みは、外形的には普段の飛び込みと異なるところはなかった。
しかしながら、原告博幸は、
① スタートダッシュの練習が三か月半ぶり(九月六日以来)であったこと、
② 本件プールでのスタートダッシュの練習は初めてであったこと、
③ 熊谷高校水泳部の約二年間の練習で、普段スタートダッシュの練習をしていた熊谷高校のプールは、別紙図面(二)のとおり、水面からの高さが約四七ないし四九センチメートルのスタート台があるが、その満水時の水深は、スタート台直下が1.25メートル又は1.9メートルであり、本件プールとは構造が著しく異なること、
④ 本件事故当日スタートダッシュまでの練習の影響で、本件プールの水深が約一〇センチメートル減水し、更に浅くなっていたこと、
などから恐怖心を感じ、力をセーブして飛び込みをしたが、このため、蹴り出しの力が弱くなり、結果として腰を屈曲した状態で飛び出して入水することとなり、入水場所が近く、入水角度も大きくなって本件プールの底に頭部を打ち、本件事故が発生してしまったのである。
4 行田市の責任
(一) 本件プールは公の営造物であり、行田市は本件プール利用者が安全に利用できる状態に設置管理しなければならない。
公の営造物の設置管理に瑕疵があるか否かは、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況など諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきであるところ、本件プールは、以下のとおり、水深、スタート台の高さ、減水状況という三つの要因が複合して、原告博幸と同程度の体格・技量を有する者がスタート台から逆飛び込みをするための通常有すべき安全性を有していないものである。
(1) 原告博之は、本件事故当時身長約一七六センチメートル、体重約六三キログラムであり、身長は水泳部の中で三番目に高く、体重も重いほうであった。
(2) 本件プールを使用中常に完全に満水にしておくことは不可能であり、本件事故当日はスタートダッシュの練習前に最も波の大きく立つバタフライの練習四〇〇メートルを含め合計五四〇〇メートル泳いだ後であり、約一〇センチメートル減水していた。
(3) 本件プールの水深とスタート台は、仮に満水であったとしても、設立当時(昭和四七年九月)において、財団法人日本水泳連盟(以下「日本水泳連盟」という。)が定める基準、文部省が「水泳プールの建設と管理の手引き」の中で定めている基準、日本建築学会編の「建築設計資料集成」で紹介されている基準のいずれにも合致していないし、更に、約一〇センチメートル減水していたことを考慮すれば、その後変遷している日本水泳連盟の全ての基準に合致しないにもかかわらず、行田市は利用対象者を何ら限定せずに、設置管理を継続してきた。
(4) 本件プール及びスタート代の設置後は、少なくとも、文部省の定める「水泳プールの建設と管理の手引き」に従い、本件スタート台の利用を「高校生、大学生」以上の者や「競泳用」の利用者には厳に禁止するべきであったのに、行田市は何ら限定することなく、意図的に危険な飛び込みをしない限り、安全にスタート台から逆飛び込みができることを前提として、これらの者の利用にも供していた。
(5) なお、行田市は、本件事故後右スタート台を撤去し、水面上約一〇センチメートルのプールの縁部分だけとしており、本件プール管理上も飛び込みを一部制限している。
5 埼玉県の責任
(一) 債務不履行責任
(1) 在学契約及び安全保護義務の存在
原告博幸と熊谷高校の設置者たる埼玉県との間には、同校に原告博幸が入学する際、原告博幸に学校教育を受けさせることを目的として在学契約が、また、原告和夫及び原告ムツと埼玉県との間には、第三者である原告博幸のために、同人に学校教育を受けさせることを目的とする在学契約がそれぞれ締結されている。
埼玉県は右契約に基づき、教育基本法、学校教育法に則り原告博幸を教育する義務を負うとともに、その付随的義務として、原告博幸の学校教育において、同人の生命、身体等に危険が生じないよう万全の物的、人的設備及び環境を整備し、原告博幸の安全を保護すべき、いわゆる安全保護義務がある。
(2) 安全保護義務違反
船田教諭は、埼玉県の履行補助者として、学校教育における水泳指導の際には水泳の練習が常に危険を伴うことに鑑み、事故の予防に注意して安全第一を中核とし、常に生徒の動静を把握し監視を怠ることなく、指導を行うべきであり、とりわけ逆飛び込みの練習においては脊椎、脊髄損傷事故を招く危険が高いことから、以下①ないし④の義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、水深が浅い上に、当時約一〇センチメートル減水しており、スタート台からの逆飛び込みが危険であった本件プールにおいて、漫然と原告博幸に対しスタートダッシュの練習を指示し、本件事故を発生させたものである。
① 逆飛び込みにおいては、入水地点、入水角度、入水時の姿勢、入水後の姿勢などによっては、プールの底に頭を激突させ、頸髄損傷という重大事故につながる危険性があることを十分に周知徹底させる義務
② プールの底に頭部を衝突させる事故を防止するために、到達深度が深くならないよう、入水地点、入水角度、入水時の姿勢、入水後の姿勢などについて具体的に指導する義務
③ 逆飛び込みの練習をさせる場合には、プールの底に頭部を打ちつける事故が起こらないよう、十分な水深のプールを使用し、水深の浅いプールでは飛び込みの練習をさせてはならない義務
④ 仮に、本件プールのような浅いプールでどうしても逆飛び込みによるスタートダッシュの練習をしなければならない場合には、本来の競泳選手の課題である、力強く踏み切ることや、指先から斜めに一直線に入水することは目標とせず、通常の練習より入水角度をはるかに浅くとり、たとえ「腹打ち」、「胸打ち」となっても浅く飛び込み、万一にも腰が曲がったまま入水することのないようにすると共に、水中に入るなり、すみやかに身体及び掌を返して、到達深度を浅くするように注意する義務
(3) 以上から、埼玉県が安全保護義務に違反したことは明らかであり、債務不履行責任として損害賠償義務を負わなければならない。
(二) 国家賠償法一条の責任
地方公務員である船田教諭が公務員としての公権力の行使(教育は非権力作用であるが、広義の公権力の行使と言うべきである。)に際し、その職務を行うについて、前記(一)(2)で述べた安全保護義務違反、すなわち過失によって本件事故を発生させたものである。したがって、埼玉県は国家賠償法一条に基づく責任を負わなければならない。
6 治療経過及び後遺障害の内容
(一) 原告博幸は本件事故の結果、前記のとおり、第五頸椎脱臼、第六頸椎々体骨折による頸髄損傷の傷害を負って、以下のとおり入院し、治療を受けた。
① 川島胃腸科病院
昭和六〇年一二月二〇日、本件事故直後に受診し、応急処置を受けた。
② 埼玉慈恵病院
昭和六〇年一二月二〇日から同六一年三月一三日まで入院し、頸髄損傷の治療のための牽引を受けるなどした。
③ 小久保整形外科病院
昭和六一年三月一三日から同六二年三月六日まで入院し、栄養状態の改善を図りつつ、頸髄損傷の治療を受けた。
④ 埼玉県リハビリテーションセンター
ア昭和六二年三月六日から同年一〇月二〇日、イ昭和六三年一一月二二日から平成元年一月九日、ウ平成元年八月二八日から同年一一月三日まで入院し、アの入院中にリハビリテーションを受けるとともに、その間膀胱結石破砕手術、膀胱堰造設手術を受け、イ、ウの入院により蓐瘡治療手術を受けた。
⑤ 筑波大学病院
平成二年二月一八日、蓐瘡治療手術を受けた。
⑥ 埼玉医科大学病院
平成二年四月一一日から同年五月二〇日まで入院し、蓐瘡治療手術を受けた。
⑦ 筑波大学病院
平成二年一一月二六日から同三年一月一六日まで入院し、蓐瘡治療手術を受けた。
(二) 原告博幸は以上の治療を受けたが、右傷害により四肢麻痺、知覚障害、排泄障害の後遺症が残った。障害の具体的内容は以下のとおりである。
(1) 下肢は全く動かすことができない。
(2) 上肢については、腕を肩より高く挙げることはできず、肘は負荷が小さいときは曲げることはできるが、伸ばすことは全くできない。手首は両手とも負荷が小さいときは手首を反らすことはできるがそれ以外の動作はできない。手指は左右とも全く動かすことができない。
(3) 他人の手を借りることなく、ベットにおいて寝返りをうつこと、ベットで起き上がること、ベットなど背部、左右によりかかる場所がないところで座り続けること、文字を書くこと、衣服を着脱すること、車椅子に乗ること、入浴することはいずれもできない。
(4) 車椅子で平坦なところは移動できるが、前記のとおり腕の機能が低下しているため、わずかでも高低差のある場所、傾斜のある場所を移動することはできない。
(5) 寝ているときは床ずれを防止するため、約二時間半ごとに他人の手により寝返りをうたなければならない。
(6) 食事についても、コップや箸など指を使うものが使用できないのはもちろん、手に固定する装置のついた特別なフォークやスプーンを他人の介添でつけてもらい、ようやく食事ができるのである。
(7) 知覚障害は鎖骨より下部の部位全般にあり、温度感覚、痛覚を失っており、体温の自調節機能もないし、皮膚呼吸もできない。
(8) 排便、排尿も自分の意思でコントロールできず、排便については三日に一度の割合で下剤を飲み、座薬を用いて行い、排尿については膀胱からビニール管で常時集尿袋に排尿を行っている。
以上の各障害の結果、日常生活において常時他人の介護を要する。
7 損害
(一) 原告博幸の損害
総額金二億九三七三万四九四九円
(1) 逸失利益
金一億一四三六万四四九四円
原告博幸は、本件事故当時健康な一七歳の男子高校生であり、熊谷高校卒業後大学進学を希望していたのであるから、本件事故がなければ二二歳から六七歳まで就労可能であった。実際に同人は、一年遅れの昭和六三年三月熊谷高校を卒業し、翌平成元年四月筑波大学第二学群比較文化学類に進学している。
しかるに、原告博之は、本件事故により労働能力を一〇〇パーセント喪失した。
従って、原告博幸の逸失利益は、賃金センサス平成三年度の男子労働者、旧大新大卒、全年齢平均の基準により算定すべきである。これによると原告博幸の一年間の賃金収入は六四二万八八〇〇円となる。
ここから、中間利益を新ホフマン係数によって控除すると一億一四三六万四四九四円となる。
(2) 付添看護費
金九九八四万四六五五円
原告博幸は前記のとおり、身体障害者として最も重度の後遺症を残す脊髄損傷の患者であり、本件事故後生涯、終日の付添介護を要するが、この付添看護は、原告博幸の後遺症の程度が高いため著しい労力を要するものであり、日々職業的看護婦又は看護補助者(昼夜交代三人)に要求されるのと同等の労力を費やしている。
原告和夫及び同ムツの介護が不能となった場合には、同人らに代わり職業的付添婦を依頼せざるを得ず、その場合には、一日につき、看護補助者の八時間分の基本給七五三〇円の三人分二万二五九〇円が必要である。
従って、最低でも日額一万円を認めるべきである。
厚生省発表の平成二年簡易生命表によると、同年の満二二歳(昭和四三年生)男子の平均余命は五五年間である。従って本件事故当時の満一七歳から六〇年間右付添費が必要であるから、右六〇年間につき年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式(新ホフマン係数27.3547)により控除して計算すると以下のとおり九九八四万四六五五円となる。
(計算式)1万×365×27.3547
=9984万4655
(3) 療養雑費
金一一九八万一三五八円
入院中はもちろん、退院して自宅で療養中も原告博幸は、四肢が麻痺し、排便、排尿等日常生活のために紙オムツなどの消耗品、雑貨品等を使用しなければならないなど、少なくとも一日一二〇〇円の療養雑費が必要である。
原告博幸の本件事故後の推定余命は(2)で述べたとおり六〇年間であるから、右六〇年間につき年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式(新ホフマン係数27.3547)により控除して計算すると以下のとおり一一九八万一三五八円となる。
(計算式)1200×365×27.3547
=1198万1358
(4) 療養のための改造費用等特別出費
計金一四二〇万九八四七円
原告博幸が、退院後家族と共に生活できるように、従前の母屋の廊下及び居室の改造、並びに浴室、廊下、便所、寝室などの増築が不可欠であり、以下のとおり原告宅を増改築するに至ったが、これは、既存建物を全面的に立替えたのではなく、原告博幸の生活に必要最小限の増改築をしたものであるから、これらに要した実費合計金一四四四万一七八〇円は本件事故と相当因果関係のある損害である。
① サイサンミサワホームの本体工事費用
金一〇五〇万〇七八〇円
② 若泉建設の別途工事費用
金三三四万二一〇〇円
③ クーラー設置費用
金三二万円
④ カーテンの費用
金七万七六〇〇円
⑤ 増築前の白蟻駆除費用
金一一万二〇〇〇円
⑥ ブラインド工事費用
金五万七〇〇〇円
⑦ ガス工事費用
金三万二三〇〇円
熊谷市からの重度障害者居宅改善整備費補助金として金二三万一九三三円を受け取っているので、①ないし⑦の合計から右金二三万一九三三円を控除した一四二〇万九八四七円。
(5) 慰謝料 金三〇〇〇万円
原告博幸の後遺症の程度がまことに悲惨であること、これが一生継続し日々苦しまなければならないこと、健康体であったのに一七歳という若年で事故にあい、勉学も途中で放棄せざるを得ず、夢多き青春時代も本件事故によって奪われてしまったこと等の諸般の事情を考えると、原告博幸にとっては死亡した場合よりも多く慰藉されるべきであって、その額は少なくとも三〇〇〇万円を下らないとみるべきである。
(6) 療養費用、付添のための通院費用、入退院時のタクシー料金
合計金三三三万四五九五円
① 療養費用
計二七六万六五〇五円
原告博幸の療養費の大半は保険給付によりまかなわれているが、次の費用は保険外費用として、自己負担している。
イ 入院個室料
計金一三一万七五〇〇円
慈恵病院分(一日当たり五〇〇〇円×八四日)
金四二万円
小久保病院分(一日当たり二五〇〇×三五九日)
金八九万七五〇〇円
ロ 特殊ベッド使用料
金一〇万六六〇五円
埼玉医科大学に入院していたときの蓐瘡手術後一〇日間のフローベッド使用料
ハ 付添ベッド使用料(慈恵病院での使用料)
金二万四九〇〇円
② 付添のための通院費用
計五一万五四四〇円
原告博幸がリハビリテーション及び埼玉医科大学に入院していた期間三七九日につき、原告ムツが付添のため自宅から通院するのに要した費用は次のとおりである。
イ 熊谷・上尾間(JR)
往復九二〇円×三七九日
金三四万八六八〇円
ロ 上尾・リハビリテーション又は埼玉医科大学(バス)
往復四四〇円×三七九日
金一六万六七六〇円
③ 入退院時のタクシー料金
金五万二六五〇円
原告博幸がリハビリテーション及び埼玉医科大学への入退院時及び外泊時にそれぞれの病院から自宅までの間のタクシー料金
(7) 弁護士費用 金二〇〇〇万円
原告博幸は被告らに対し、損害の賠償を請求したが、被告らは任意に支払わないため、弁護士に訴訟の追行を委任した。この弁護士費用の内金二〇〇〇万円は本件事故と相当因果関係のある損害である。
(二) 原告和夫、同ムツの損害
総額各金四五〇万円
(1) 慰謝料 各金四〇〇万円
原告和夫、同ムツは、原告博幸が本件事故により前述したような重大な傷害を負ったため、原告博幸とともに日々苦しみ、死亡した場合に勝るとも劣らない精神的苦痛を受けており、同人らの慰謝料は少なくとも各金四〇〇万円である。
(2) 弁護士費用 各金五〇万円
原告和夫、同ムツは被告らに対し、損害の賠償を請求したが、被告らは任意に支払わないため、弁護士に訴訟の追行を委任した。この弁護士費用の内各金五〇万円は本件事故と相当因果関係のある損害である。
8 結論
よって、原告博幸、同和夫、同ムツは、それぞれ行田市に対し、国家賠償法二条一項に基づき、埼玉県に対し、主位的に債務不履行、予備的に国家賠償法一条に基づき、原告博幸につき金二億九三七三万四九四九円の内金二億円、原告和夫、同ムツにつき各金四五〇万円並びにこれらに対する本件事故の翌日である昭和六〇年一二月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二請求の原因に対する認否
(行田市)
1 請求の原因1の(一)及び(二)の事実は認める。
2 同2のうち、原告博幸が昭和六〇年一二月二〇日、熊谷高校水泳部の活動として本件プールにおいて船田教諭立会の下でスタートダッシュの練習をしていた際、本件事故が発生したことは認める。
3 同3のうち、(一)の事実は認めるが、その余は知らない。
4 同4の事実のうち、行田市が飛び込み台を撤去したことは認めるが、その余は争う。
なお、行田市が飛び込み台を改修したのは、事故後一年八か月を経過した昭和六二年八月ころで、たまたま本件プール内の他の部分の改修工事の折りに、利用者が小中学生を含む一般市民であることを考慮して水面上20.5センチメートルの高さにしたもので、特に瑕疵のあることを認めたわけではない。
また、本件事故前から、危険な飛び込みは禁止してきたものである。
5 同6の事実は知らない。
6 同7は争う。
(埼玉県)
1 請求の原因1の(一)及び(三)の事実は認める。
2 同2のうち、原告博幸が、昭和六〇年一二月二〇日、熊谷高校水泳部の活動として本件プールにおいて船田教諭立会の下でスタートダッシュの練習をしていた際、本件事故が発生したことは認める。
3 同3のうち、(一)の事実は認めるが、その余は知らない。
なお、船田教諭は、右スタートダッシュの練習を始めるに当たり、部員全員に対し、ゴーグルがはずれないようにすること、遠くに飛び込み、水中にはできる限り浅く入ること等の注意、指導をしていた。
4 同5は争う。
5 同6の事実は知らない。
6 同7は争う。
三被告らの主張
(行田市)
1 行田市は、昭和四七年九月ころ、市民一般の体位向上を目指して、日本水泳連盟で定めた基準に準じて二五メートル温水プールを株式会社中野組に発注して建設したのであり、温度の調節、プールへの給水等すべて機械設備等により自動的に操作され、水量も常に満水の状態を確保、維持しうる装置になっている。従って、プールを利用する者が通常の利用方法に従って利用する限り本件のような事故発生の危険性はなく、通常有すべき安全性を備えており、構造に瑕疵あるプールとはいえない。
また、プールの四隅や左右プールサイドの中央部にはそれぞれの箇所の水深を表示し、更に、「危険な飛び込みは禁止します。」等詳細な遵守事項を掲示して利用者に事故のないよう管理してきたもので、今日まで一〇数年の長い間多数の市民(小中学生から成人を含む。)、市内各高校水泳部の部員等が利用してきたが、本件事故を除いて事故は全く発生していない。
2 熊谷高校水泳部は経験豊かな船田教諭が監督として指導しており、県下でも優秀な選手を有する水泳部であり、校内にもプールが設置されているが、冬季の練習のために数年来本件プールを一定の期間使用時間を定めて許可を得て使用し、練習を続けてきたものである。
従って、原告を初め他の部員も本件プールの状況等を十分に認識しており、普通の利用方法に従っていればこのような事故は発生しなかった。本件事故は原告の異常な飛び込みをした過失に基づくものであり、本件プールの瑕疵によるものではない。
プールの設置に瑕疵があったかどうかを判断するにあたっては、プールの通常の使用方法を前提として判断すべきで本件のような異常な利用方法による事故の原因にまで設置の瑕疵に帰すべきでない。
(埼玉県)
1(一) 原告博幸が行っていたグラブスタートは水泳のスタートして優れ、競泳の選手が一般的に採用し、安全なものと認められているものである。
熊谷高校水泳部では、船田教諭が、この飛び込み方法について初心者である部員に対しては、入部してから数か月の間特に個別的具体的に指導しており、既に水泳の経験者であってこの飛び込み方を習得している部員に対しては、スタートダッシュ等の練習の際に、実際に則して注意を与えていた。従って、これらの船田教諭の指導注意によって、熊谷高校水泳部員は逆飛び込みについて競泳選手としての技術を習得し、危険な飛び込みはしないようになっていたものである。特に原告博幸は逆飛び込みについて部員の中でも優れていて特別な指導は必要ないほど習熟していたものである。
(二) 部活動における指導では部活動の目的、性質等から教科における指導とは異なり、既に技術が習熟している者に対しては、そのことを前提として指導すれば足り、初心者に対する指導と同じように初歩から一つ一つ教える必要はない。
(三) 本件プールは、日本水泳連盟プール公認規則により定められた規格、要件を備えていたものであり、このようなプールで高校の生徒が部活動としての水泳の練習をすることは、当然のことながら許されていることであり、スタートダッシュの練習を行うについても浅くて危険なものであったわけではない。
(四) 熊谷高校水泳部は、昭和五五年ころから本件プールで逆飛び込みによるスタートダッシュの練習をしているが、事故が発生したことは皆無であった。
2 以上のことから、船田教諭には、原告博幸が本件プールでスタートダッシュの練習をしても本件事故が発生する危険を予測させる状況は全くなく、予測は不可能であったから同人に過失はない。
また、逆飛び込みに習熟していて競技会に選手として出場するほどの者に対し、不規則な飛び込み方をするとプールの底に頭部を打ちつけ頸髄損傷の重大な事故が発生する、というようなことを注意する必要はない。もともと、高校生であって部活動として水泳を練習し、各種の競技会に出場している者は、水泳の練習中どういうことをすれば危険であるかは当然承知しているものである。
従って、本件事故当日スタートダッシュの練習を始める際、原告博幸に対し、改めて深く入ると危険であるという注意をする具体的な義務はない。
四抗弁
1 過失相殺(埼玉県)
原告博幸はその年齢、水泳の習熟度、技術等から本件事故の発生を自ら未然に防止することができたのに逆飛び込みを失敗して本件事故が発生したものであり、その過失は重大であるから、過失相殺がなされるべきである。
2 損害の填補
原告博幸は、昭和六三年一月一四日、日本体育・学校教育センターから傷害見舞金として一八〇〇万円支給されているから、この分を損害額より差し引くべきである。
五抗弁に対する認否、主張
1 抗弁1は否認する。
原告博幸には、以下のとおり、本件事故の発生を予見し、これを回避する可能性はなかったのであるから同人に過失はない。
すなわち、原告博幸は本件事故のような頸髄損傷の重大事故が発生する可能性について、船田教諭から指導を受けたことはなく、自己の水泳経験を通じても知らなかったのであるから、本件事故の予見可能性はない。
また、顧問である船田教諭が立会の下で行われている練習中に、原告博幸だけが、スタートダッシュの練習を拒むことは困難であること、スタート台を蹴って飛び込んだ以上は、深く潜らないように調節することは不可能であることから、結果回避可能性もない。
2 抗弁2のうち、原告博幸が、昭和六三年一月一四日、日本体育・学校教育センターから傷害見舞金として一八〇〇万円支給を受けた事実は認める。
3 仮に、原告博幸に過失があったとしても、埼玉県の過失の程度、原告博幸の過失が生じた原因等の事情に照らせば、埼玉県の過失相殺の主張は権利濫用にあたる。
第三 証拠関係<省略>
理由
一請求の原因1(当事者等)及び同2(本件事故の発生)の事実のうち、原告博幸が昭和六〇年一二月二〇日、熊谷高校水泳部のクラブ活動として、本件プールにおいて船田教諭立会の下、スタートダッシュの練習をした際、本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。
二請求の原因3(本件事故発生の経緯)について
<書証番号略>、証人船田昭介、同加藤格、同青木秀弘、同島田岩次の各証言、原告博幸の本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる(一部争いのない事実を含む。)。
1 本件プールの構造
本件プールは、子供から大人までを対象として、市民の水泳スポーツの振興のために昭和四七年に建設された屋内の温水プールであって、その構造は別紙図面(一)のとおりであり、縦の長さは二五メートルで五コースを有し、各コースには最高位部分の高さが四七センチメートル、最低位部分の高さ四五センチメートル、幅四〇センチメートルを有するコンクリート製のスタート台が設置されており(なお、スタート台の上には厚さ約一ないし二センチメートルのタイルが敷いてあるので、実際には更に約一ないし二センチメートル高い。)、その水深は、満水時において最深部で1.2メートル、スタート台直下が最も浅く1.0メートルである。
給排水については、オーバフローしたプールの水は脇にある排水口から全部排水され、常時毎分二〇リットルの給水がなされている。
本件事故当日は、後に述べるように熊谷高校の水泳部員約二〇名が本件事故発生前、すなわちスタートダッシュの練習前にバタフライの練習四〇〇メートルを含め合計約五四〇〇メートル泳いだ後ということもあり、本件事故当時本件プールは満水の状態ではなかった。
2 本件プールの管理
本件プールは行田市教育委員会の体育課(以下「体育課」という。)で管理しており、利用者の申込みを受け付けるのは右体育課であるが、ボイラーの取扱、水の補給等の技術的なものについては同市建築課の職員が管理している。
本件プールが一般開放されているときは、行田市体育課の方でプールサイド部分に監視員を置いて監視しているが、団体使用の場合は団体の責任者に一切の監視を依頼し、同市職員は特に監視していない。
本件プールの四隅及び左右プールサイドの中央部にはそれぞれ水深が表示されている。また、プールの出入口付近に「危険な飛び込みは禁止します」等の注意事項が掲示されているが、そこにいう危険な飛び込みとは指定された場所以外の飛び込みや、助走をつけての飛び込みのことであり、スタート台からの通常の逆飛び込みの禁止ないし制限についての記載はない。
3 原告博幸の体格、水泳歴
原告博幸は、本件事故時身長約一七六センチメートル、体重約六三キログラムであった。なお、高校二年生の男子の身長、体重の平均は昭和六〇年において、169.2センチメートル、60.0キログラムである。
原告博幸は、小学校六年生の四月から約一〇か月間民間のスイミングスクールに所属し、そこで一般コース(六か月間)及び選手コース(四か月間)に在籍し、指導を受けた。
その後、中学校ではサッカー部に所属していたが、練習で腰を痛めたため、熊谷高校に進学後は水泳部に所属した。原告博幸の専門(特に力点をおいていた種目)は平泳ぎであり、水泳部の中でも優秀な選手の一人であった。
4 本件事故発生に至る経緯
熊谷高校のプールは屋外であるため、水泳部の活動として利用できる期間は大体四月から一〇月までであり、それ以外のシーズンオフは本件プール等の屋内プールを借りて練習している。
昭和六〇年はシーズンオフに入って一〇月一〇日から本件プールについての使用許可を得て利用し始め、一〇月二八日からは主に毎週月、水、金に本件プールを利用していた。
本件事故当日は、熊谷高校水泳部員約二〇名が参加して、午後二時ころから本件プールで練習を始め、ウォーミングアップから徐々にスピードアップし、手だけで泳ぐ練習、足だけで泳ぐ練習、バタフライ等約二時間にわたり合計約五四〇〇メートル泳いだ後スタートダッシュの練習を始めた。
スタートダッシュの練習の課題は、スタート台をしっかり蹴って、遠くに入って入水し、速やかに浮上して、そのスピードを次の泳法に結び付けることである。
原告博幸は第四番目のスタートであった。
船田教諭はスタート台から見て右サイド約五メートル位離れたところでスタートの合図を取っていたが、スタートダッシュの練習を始めるに当たって、本件プールは熊谷高校のプールより浅いことについて格別の注意はしていない。
原告博幸は、水深が浅かったため、恐怖心から力を抑えて飛び込み、その結果腰が完全に伸びきらず、普段よりも急角度で入水することになり、頭部をプールの底に打ちつけ、請求の原因2のとおりの傷害を負った。
5 本件事故後の状況
本件事故後、熊谷高校水泳部は、本件プールのスタート台からスタートダッシュの練習をしていない。
その後、昭和六二年八月ころ、行田市は本件プールのスタート台を撤去して二〇センチの高さに改修した。
三請求の原因4(行田市の責任)について
1 <書証番号略>、証人武藤芳照の証言、武藤芳照の鑑定の結果に弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。
(一) 水泳は比較的傷害事故の少ないスポーツであるが、反面溺死事故及び飛び込みによる頸椎、頸髄損傷の発生という極めて危険な一面を有している。
日本学校健康会と日本体育・学校健康センターの統計によれば、昭和五八年ないし同六〇年度の三年間に、小学校、中学校、高等学校、高等専門学校で発生した水泳事故によって神経、精神障害を来した事例は合計一九件である。
そして、水泳の飛び込みによる頸椎、頸髄損傷の事故は初心者よりもむしろ、比較的水泳に親しんでいる者に発生し易く、よく鍛練された者の事故例も少なくない。
(二) 日本水泳連盟プール公認規則の水深とスタート台の高さの変遷は別表のとおりであり、二五メートルプールに限って見てみると、本件プール建設当時の基準である昭和四一年及び同四三年制定の基準は、C級公認プールが水深1.2メートル以上、スタート台の高さ0.65メートル以下、小学校標準プールが水深0.8メートル以上、中学校標準プールが水深1.0メートル以上であり、本件事故当時の昭和六〇年制定の基準は、公称二五メートルプールが水深1.0メートル以上、スタート台の高さ0.5メートル以上0.75メートル以下(但し、スタート台前面の水深が1.2メートル未満となる場合は0.4メートル以上でスタート台前面の水深から0.45メートルを減じた高さ以下)、標準プールは小中学校プールが0.8メートル以上、小中学校プール以外は1.0メートル以上(飛び込み事故防止、軽減の見地から小中学校プールにあっても、水深を1.0メートル以上とすることが望ましい。)、スタート台の高さは水面上の高さが0.21メートル以上とし、かつ水深から0.55メートルを減じた高さ以下とする。但し0.75メートルを越えないこととなっており、最も新しい基準である平成四年制定の基準では、公称二五メートル競泳プールも標準プールもスタート台と水深の関係について端壁前方5.0メートルまでの水深が1.0メートル未満であるときはスタート台を設置してはならないとしている。
従って、本件プールは、満水であったとしても設置時の基準及び現在の基準には合致していないし、前記二で認定したように、本件事故当時満水の状態ではなかったことを考慮すると本件事故当時の基準にも合致していない。
(三) 日本水泳連盟プール公認規則でいう公認プールは、同連盟の競技会及び海外交流規則に定める公式競技会又は公認競技会に使用する競技場として、同連盟が適格と認め公認したプールのことであり、プールの構造条件は、主として水泳競技会の実施を前提としている。
そして、右規則は、飛び込み事故の実態、水泳指導者や競技運営の知識・経験・各種調査・研究結果をもとに、飛び込み事故防止、軽減の観点から、昭和五七年より数回の改定が実施されてきているものの、なお絶対的な安全基準ではなく、競技会を開催する上での当面の画一的な最低基準であり、他の事故発生要因が複合的に作用すれば、プール底に頭部を強打して、頸椎・頸髄損傷をきたす飛び込み事故は起こり得るものである。
日本水泳連盟が平成四年の公認プールの規則改正に当たり示した補足説明中には、「水深1.2メートルは決して安全の基準ではない。しかし、成年男子あるいはそれに近い体格の人間が任意なあるいは乱暴な姿勢で飛び込んで頭部や頸部を傷めないですむとされる水深2.7メートル以上のプールを規則で強制するとは、余りにも現実離れしているための妥協に過ぎない。」という趣旨のことが記載されている。
(四) 文部省は昭和四一年に「水泳プールの建設と管理の手びき」を発行し、プールを用途別に分類し、それぞれ水深につき以下のとおり定めている。
① 幼児用プール最浅0.3、最深0.8
② 小学校用プール最浅0.8、最深1.1
③ 中学校プール最浅0.8、最深1.4
④ 高等学校・大学プール最浅1.2、最深1.6
従って、水深について本件プールは、小学校、中学校プールとしての基準は満たしているが、高等学校、大学プールとしての基準は満たしていない。
(五) 社団法人日本建築学会が編集した「建築資料集成」(昭和五七年発行、<書証番号略>)中には、水泳プールの種類、設備、基準等について記載されており、プールの水深については小学校0.8ないし1.2メートル、中学校0.9ないし1.4メートル、高校・大学1.2ないし1.7メートルとの記載がある。
2 以上、前記二及び右1で認定した事実を前提に、大人とほぼ同程度の体格を有する原告ら高校生が利用する場合、本件プールに瑕疵があるか否かについて判断する。
本件プールは、前記のとおり満水の状態ではなかったことを考慮すると、高校生を対象とする限り日本水泳連盟の定めるいかなる基準にも合致しない上、右基準も絶対的に安全な基準ではないこと、文部省の定める基準では高等学校・大学プールとしては水深が最低1.2メートル必要とされていること、本件事故発生までの間に飛び込みによる頸椎、頸髄損傷という重大事故が発生していることを鑑み、このような事故を防止する努力が、日本水泳連盟を中心に行われていたこと等を総合すると、本件プールは、そのスタート台から大人と同程度の体格を有する高校生が逆飛び込みを行った場合、水深が十分であるとはいえないために、ことさら危険な飛び込み方法でなくても、飛び込みの角度が少し深くなるとか、指先の反らし具合等、その方法のいかんによっては、頭部等をプールの底に打ちつける危険性があったことは否定できない。
そうしてみると、本件プールは、原告ら高校生の利用者に対し、少なくともスタート台からの逆飛び込みを全く制限せず利用することを前提とする施設としては、瑕疵があったものといわざるを得ない。
なお、本件プールの四隅やプールサイドにはその水深が表示されているが、右表示だけでは高校生に対し、逆飛び込みにより水底に頭部等と打ちつける危険性があるという注意を喚起するに十分であったとはいえず、その他本件プールの管理上、逆飛び込みによる事故発生を未然に防ぐ措置を採っていたと認めるに足りる証拠はない。
行田市は、①本件プールにおいて行田市民水泳大会、行田市ジュニア水泳大会等が開催され、その際には逆飛び込みが行われており、②埼玉県内の他の室内温水プールでも同様の水深であり、そこでも逆飛び込みが行われていると主張するが、先に認定した事実関係からすれば、①については、幸いにもそれまで本件事故のような重大事故が発生するに至らなかったものと考えるのが自然であり、右のことから本件プールが安全であったとはいえず、②については、プールの安全性を判断するに当たっては、既に見たとおり、プールの水深だけではなく、飛び込み台の高さ、利用者の状況等の諸事情を考慮しなければならないものであるから、埼玉県内の他の室内プールについて、このような諸事情について詳細が明らかにされていない以上、本件プールの安全性を判断するに当たり的確な資料とはなり得ない。
3 従って、行田市には、国家賠償法二条一項に基づき、原告らが本件事故によって被った後記損害を賠償する義務がある。
四請求の原因5(埼玉県の責任)について
1 安全保護義務について
原告らは、埼玉県の責任原因として、主位的に債務不履行としての安全保護義務違反を主張し、その根拠として、原告博幸と埼玉県間に在学契約が、原告和夫及び同ムツと埼玉県間に原告博幸のためにする在学契約がそれぞれ締結されたと主張するので、この点について判断する。
(一) 生徒が県立高校に在学する場合、右在学関係は、基本的には生徒と当該高校の設置者である県との間の契約に基づいて成立するものと考えるのが相当であり、原告博幸が埼玉県の設置した熊谷高校に在籍したことは当事者間に争いがないので、その間の在学契約は肯定できる。そこで、学校設置者たる埼玉県は、生徒たる原告博幸に対し、当該在学契約に付随する当然の義務として、条理及び信義則上、学校教育の場において生徒の生命、身体等を危険から保護するための措置をとるべき安全保護義務を負っているものと解され、船田教諭が熊谷高校に勤務し、水泳部の顧問としてその指導に当たっていたことは当事者間に争いがないから、船田教諭も埼玉県の履行補助者として、原告博幸に対し安全保護義務を負っていたと解される。
(二) しかし、右在学関係は、一般に当該高校に入学する生徒自身と高校との間の契約であり、生徒の親権者らは、生徒の当該契約について同意を与えているものであって、親権者らと高校との間に第三者である子(生徒)のためにする契約があったとは解せられない。
従って、原告和夫及び同ムツと埼玉県との契約関係を前提としての債務不履行責任は、その余について判断するまでもなく、理由がない。
2 国家賠償法一条に基づく責任について
国家賠償法一条一項の「公権力の行使」とは、権力作用に限らず純粋な経済的作用を除く非権力作用にも及ぶと解されるから、地方公共団体の公立高校生徒に対する教育作用もまた、公権力の行使というべきである。
船田教諭が熊谷高校に勤務する地方公務員であることは当事者間に争いがないから、同人は生徒の両親である原告和夫及び同ムツに対する関係において、生徒である原告博幸に対する生命、身体等を危険から保護するための措置を採るべき義務を負っていたものというべきである。
3 埼玉県の責任の有無
そこで、以下、船田教諭に右に述べた安全保護義務に違反した点があったか否かを検討する。
(一) <書証番号略>、証人船田昭介、同加藤格、同青木秀弘の各証言、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。
(1) 熊谷高校のプールの構造は別紙図面(二)のとおりであり、縦の長さは二五メートルで六コースを有し、各コースには高さが五六センチメートル、幅三九センチメートルのスタート台が設置されており、その水深は、満水時最深部で1.9メートル、最浅部で1.25メートルであり、前記の文部省の定める高等学校、大学プールとしての基準を満たしている。
(2) 逆飛び込みの方法は主に、モーションスタート、グラブスタート、パイクスタートの三種類ある。モーションスタートとは、一、二回反動をつけてから飛び込む方法であり、グラブスタートとは、手をスタート台の上に置いて足の蹴りと共に手でスタート台を押してスタートする方法であって、いずれの方法も入水する際体と水面はほぼ平行になる。競泳選手の主流はグラブスタートである。パイクスタートとは、スタート台を蹴って上に高く上がり、その落下の加速度をうまく利用する方法であるが、スタート台を蹴って上がる時に一旦体を反らすために腰を傷める危険性があり、また、かなり強く「くの字」の姿勢になるため水中に深く入り過ぎたりする危険性もあることから、相当程度の熟練を要し、インターハイで六位以内に入れる程度の高校の生徒が用いていた。
(3) 船田教諭は埼玉大学教育学部中等保健体育科卒業後、昭和三八年四月一日から熊谷高校定時制課程の教諭となり、昭和四八年四月一日から同校全日制課程の教諭となり、水泳部顧問となった。
同教諭は高校時代から約一〇年間にわたり水泳の選手として活躍し、競技団体の役員歴も有するなど、高校の水泳指導者としては埼玉県内でも指折りの実力者である。
(4) 熊谷高校水泳部員は原告博幸を含め、大体グラブスタートかモーションスタートを行っていたが、中にはパイクスタートのように、高く飛び上がって深く入水する飛び込みをする部員もいた。
泳法によっても、逆飛び込み時の到達深度は異なり、平泳ぎの場合は、飛び込んだ後水中で一かき一蹴りしてから水面に浮上するため、クロールよりは深く入水することになる。原告博幸も平泳ぎの選手であったことから、部員の中では比較的高く飛び上がり、深く入水する方であった。
船田教諭は、普段、逆飛び込みの指導に当たっては、「遠くへ飛び込むように。ゴーグルがはずれないように。」等の注意をしていたが、原告博幸に対し、特に深く入り過ぎているという注意をしたことはない。
(5) 熊谷高校水泳部の年間行事として、最初の公認競技会は六月の第一日曜日であり、最後は大体九月の大会である。
スタートダッシュの練習は、一般的には大会が近くなったときに行われるから、シーズンオフである冬の間はあまり行われることはなく、昭和六〇年もシーズンオフに入ってから、本件プールでスタートダッシュの練習をしたのは本件事故当日が初めてである。
(6) 船田教諭は、埼玉県教育委員会が昭和五七年に発行した「教材づくりの手引き」(高等学校体育)の執筆を担当しており、その中には逆飛び込みの指導上の留意点として「プール底などに頭や顔を打つ者もいるので、指導する場合に十分注意する。」という記載がある。
また、本件事故発生の前、埼玉県内の体育の教師を対象とした水泳講習会が毎年六月に開催されており、そこで、逆飛び込みについては頸椎損傷等の危険性があるから、水深等も考えながら正しいスタートの指導を徹底して行うということが話題になったことがあり、その他新聞等によっても、スタートダッシュの練習に当たってはプールの底に頭部等を打ち、頸椎損傷等の重大な危険性があるとの指摘もあって、逆飛び込みの危険性は、高校の体育、特に水泳指導関係者には本件事故当時既に認識されていた。
(二) 以上の事実関係を前提に、船田教諭の安全保護義務違反について判断する。
(1) 水泳が飛び込みによる頸髄損傷等の重大事故を起こす危険な一面を有していること及び右事故は初心者よりもむしろ比較的水泳に親しんでいる者に発生し易いことは前記三1(一)で認定したとおりであるから、その指導に当たる教師は一般的に生徒の身体の安全に対し十分な配慮を行い、事故の発生を未然に防止する高度の注意義務を負っているというべきであり、課外のクラブ活動であっても、それが学校教育の一環として行われるものである以上、その実施について、顧問の教諭には生徒を指導し、事故の発生を未然に防止すべき一般的な注意義務がある。
(2) これを本件について見ると、右に述べたとおり、水泳が飛び込みによる重大事故発生の危険な一面を有し、このような重大事故が水泳の熟練者に発生することも少なくなく、船田教諭自身このようなことについての一般的知識を有していたこと、本件プールが、前記認定のとおり、高校生以上の者がスタート台から逆飛び込みをした場合、頭部等をプールの底に接触する事故を起こす危険性が高いにもかかわらず、これらの者に対し飛び込みを制限していないという点で瑕疵があったこと、本件プールはスタート台直下の水深が熊谷高校のプールよりも満水時で二五センチメートル浅いこと、本件プールでのスタートダッシュの練習は昭和六〇年のシーズンオフに入ってからは初めてであったこと等を考慮すれば、船田教諭には、本件事故発生について予見可能性があったものといわざるを得ない。
(3) そして、本件事故当時競技大会を目前に控えていたわけではないのであるから、船田教諭としては、本件事故当日に危険性の高い本件プールでのスタートダッシュの練習は、これを避けるのが相当であり、仮に、この段階でどうしてもスタートダッシュの練習が必要であると判断したとしても、本件プールと自校のプールの水深の差異に思いをいたし、スタートダッシュの練習を始めるに当たって、水泳部員に対し、各部員の度量、経験の度合に応じ、入水角度が大きくならないよう適切な飛び込み方法を具体的に指導すべき注意義務があったというべきである。
(4) このように、船田教諭には本件事故発生について予見可能性があったのにかかわらず、同教諭は(3)の注意義務を怠り、本件プールの安全性を軽信し、本件スタート台からスタートダッシュの練習を行ったのであるから、船田教諭には安全保護義務違反があったものといわざるを得ない。
なお、船田教諭は従前から水泳部員に対し、遠くへ飛び込むように指示していたことは前記のとおりであるが、原告博幸においては逆飛び込みの危険性についての認識が十分であったとは認め難いので、右のような指示をしたことをもって直ちに、水泳部顧問としての前記の注意義務を尽くしたということはできない。
(三) 従って、船田教諭には、安全保護義務の懈怠があり、これにより本件事故が発生したのであるから、埼玉県は、原告博幸に対しては民法四一五条及び国家賠償法一条に基づき、原告和夫及び同ムツに対しては国家賠償法一条に基づき、原告らが被った後記損害を賠償する義務がある。
五請求の原因6(原告博幸の治療経過、後遺障害等)について
1 <書証番号略>、原告博幸、同和夫及び同ムツの各本人尋問の結果によれば、請求の原因6(一)及び(二)の事実が認められる。
2 なお、原告博幸の後遺症につき、その症状固定日については的確な資料がないが、右認定の治療経過に鑑み、埼玉県リハビリテーションセンターの第一回の入院治療の終了した昭和六二年一〇月二〇日には右認定の症状として固定したものと考えられる。
六請求の原因7(損害)について
1 原告博幸の損害
総額金一億五二五三万二三一九円
(一) 逸失利益
金七〇六一万八四九六円
右五で認定した原告博幸の治療経過及び後遺障害の内容からすれば、原告博幸は本件事故により、将来にわたって労働能力を一〇〇パーセント喪失したものと認められる。
原告博幸が本件事故当時一七歳の高校二年生であったことは当事者間に争いがなく、原告博幸本人尋問の結果から、同人は本件事故後一年遅れの昭和六三年三月熊谷高校を卒業し、翌平成元年四月に筑波大学へ進学したことが認められるから、同人は本件事故がなければ二二歳から六七歳までの四五年間就労可能であったと認めるのが相当である。
逸失利益算定の基準となる賃金センサスは、本件事故が発生した昭和六〇年のそれによるのが相当であり、中間利息はライプニッツ係数によって控除することとする。
昭和六〇年度賃金センサスの男子労働者、旧大・新学卒、全年齢平均の一年間の賃金収入は五〇七万〇八〇〇円である。
従って、右五〇七万〇八〇〇円を基準として、二二歳から六七歳までの就労可能期間の逸失利益について、年五パーセントの割合による中間利息をライプニッツ方式によって控除すると(ライプニッツ係数は18.2559−4.3294=13.9265)、以下のとおり、七〇六一万八四九六円となる。
(計算式)507万0800×13.9265
=7061万8496
(二) 付添看護費
金三四五四万五七九〇円
<書証番号略>、原告博幸、同和夫及び同ムツの各本人尋問の結果によれば、前記認定の障害により、原告博幸は事故時から今日に至るまで家族等の終日の付添を要し、今後も生涯にわたり同様であり、しかもその介護には多大な労力が必要であること、同人の生活は、当面、原告和夫及び同ムツによる介護を受けて継続するが、同両名の年齢等の事情を考慮すると、原告和夫又は同ムツが原告博幸の在命中最後まで同人の介護を続けることができないことが十分に予想され、その場合は職業的付添看護婦を依頼するほかないこと、社団法人日本臨床看護家政協会の看護補助者の一日(八時間)あたりの基本給は六三三〇円(食費一二〇〇円を除く。)であることが認められる。従って、平均余命に達するまで、一日につき五〇〇〇円の限度で原告博幸の損害と認めるのが相当である。
平成二年度簡易生命表によると、原告博幸は本件事故発生時より六〇年間生存すると推定される。
この間の付添看護費用から中間利息をライプニッツ方式により控除すると以下のとおり三四五四万五七九〇円となる。
(計算式)5000×365×18.9292
=3454万5790
(三) 療養雑費
金六九〇万九一五八円
原告博幸、同和夫及び同ムツの各本人尋問の結果によれば、前記認定の障害により、原告博幸は、事故後今日まで排便、排尿等日常生活のために紙オムツなどの消耗品、雑貨品等を使用してきたものであり、今後も生涯同様の生活を強いられるものと認められる。
従って、平均余命に達するまで、一日につき一〇〇〇円を損害と認めるのが相当である。
右(二)で述べたように、原告博幸の本件事故発生時からの余命を六〇年として、この間の療養雑費から中間利息をライプニッツ方式によって控除すると以下のとおり六九〇万九一五八円となる。
(計算式)1000×365×18.9292
=690万9158
(四) 療養のための改造費用等特別出費
計金一四四四万一七八〇円
前記認定の原告博幸の障害により、同人が退院後家族と共に生活するためには、従前の家屋を増改築する必要がある。
<書証番号略>に弁論の全趣旨によると、原告博幸はサイサンミサワホーム等に対し工事を依頼し、請求の原因7(一)(4)①ないし⑦のとおり計一四四四万一七八〇円の費用を支出したことが認められ、これは、本件事故と相当因果関係を有する損害と認めるのが相当である。(熊谷市からの重度障害居宅改善整備費補助金については、八損害の填補で検討する。)
(五) 慰謝料 金一二〇〇万円
本件事案の内容、原告博幸の受けた傷害の内容、治療経過、現在の後遺障害の程度等、諸般の事情を考慮すると、同人の受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、金一二〇〇万円と認めるのが相当である。
(六) 療養費用、付添のための通院費用、入退院時のタクシー料金
金二〇一万七〇九五円
<書証番号略>によれば、原告博幸の療養費用、付添のための通院費用、入退院時のタクシー料金の合計は二〇一万七〇九五円を下らないことが認められる。
(なお、原告主張の三三三万四五九五円は計算違いである。)
(七) 弁護士費用金一二〇〇万円
原告博幸が本件訴訟の追行を原告ら代理人に委任したことは、本件記録上明らかであり、本件事案の性質、審理経過、請求認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、一二〇〇万円と認めるのが相当である。
2 原告和夫及び同ムツ
総額各金三三〇万円
(一) 慰謝料 各金三〇〇万円
原告博幸が前記認定のとおり身体障害者となったことにより、両親である原告和夫及び同ムツが多大な精神的苦痛を被ったことは明らかであり、右精神的苦痛に対する慰謝料は、同原告らにつき各金三〇〇万円と認めるのが相当である。
(二) 弁護士費用 各金三〇万円
原告和夫及び同ムツが本件訴訟の追行を原告ら代理人に委任したことは、本件記録上明らかであり、本件事案の性質、審理経過、請求認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、各三〇万円と認めるのが相当である。
七抗弁1(過失相殺)について
1 埼玉県は、原告博幸には、本件事故の発生を防止することができたのに逆飛び込みに失敗した過失がある旨主張するので以下判断する。
(一) 原告博幸は小学校六年生当時スイミングスクールに約一〇か月間所属し、熊谷高校水泳部の中でも水泳は飛び込みを含めて得意な選手であったこと、船田教諭からかねてよりスタートの際は遠くへ飛び込むよう指示を受けていたことは前記認定のとおりであり、これらのことに弁論の全趣旨を総合すると、原告博幸は、本件事故当時高校二年生として、逆飛び込みの際プールの底に頭部を強打すれば相当重大な結果を生じかねないことについて弁識能力を有していたものと認められる。
(二) 更に、原告博幸本人の尋問の結果によると、原告博幸は本件プールよりも構造上二五センチメートル水深が深い熊谷高校のプールで、飛び込みをした際水底に頭部が着きそうになったことがあり、実際に足を擦りむいたこともあったことが認められ、このような事実に前記同人の弁識能力とを併せ考えると、船田教諭から逆飛び込みの際には遠くへ飛び込むようにとの前記指示の真の意味を理解することができたものというべきである。
(三) また、証人武藤芳照及び同青木秀弘の各証言並びに弁論の全趣旨によると、原告博幸は、本件事故当時有していた同人の技量からすれば、逆飛び込みをするに当たって、入水角度が大きくならないように遠くへ飛び込み、入水後深く潜らないで上へ上がれるような体形及び手首の返しをするなどして、自分の意思で飛び込んだ際の到達深度を相当程度調節することができたものと認められる。
(四) 以上摘示した原告博幸の弁識能力、知識、経験及び技量等からすれば、同人が、たとえ部活動という性質上、逆飛び込み自体を拒否することは困難であったとしても、入水角度が大きくならないよう留意して、本件事故を回避すべき注意義務があったというべきであり、同人には本件事故発生につき過失があったといわざるを得ない。
2 原告博幸の右過失と既に認定した本件事故の全事実関係、特に本件プールの瑕疵の内容、船田教諭の安全保護義務違反の内容等を勘案すると、原告博幸の過失割合は二割と認めるのが相当である。
3 原告らは、埼玉県の過失相殺の主張につき権利濫用にあたる旨主張するが、既に認定した諸事実に照らし、右過失相殺の主張が権利を濫用するものということはできず、他にこれを認めることのできる証拠はない。
4 よって、右過失相殺により、原告博幸の損害は一億二二〇二万五八五五円、原告和夫及び同ムツの損害は各自二六四万円となる。
八抗弁2(損害の填補)
計金一八二三万一九三三円
原告博幸が本件事故後日本体育・学校教育センターから傷害見舞金として一八〇〇万円の支給を受けたことは、当事者間に争いがなく、原告博幸が熊谷市から重度障害者居宅改善整備費補助金として二三万一九三三円の補助を得たことは、原告らの自認するところであり、前掲<書証番号略>によりこれを認めることができる。
そこで、右受領金金一八二三万一九三三円は、本件損害の填補として、原告博幸の前記損害金からこれを控除すべきである。
右控除後の原告博幸の損害は一億〇三七九万三九二二円となる。
九結論
以上によれば、原告らの本訴請求は、被告らに対し、連帯して、本件事故による損害の賠償として、原告博幸については、合計金一億〇三七九万三九二二円、原告和夫及び同ムツについては各金二六四万円、及びこれらに対する昭和六〇年一二月二一日から各支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言及びその免脱宣言につき同法一九六条一、三、四項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官清野寛甫 裁判官田村洋三 裁判官香川美加)
別紙<省略>